ローテーション計画は崩れた

『609号室構造物撤去』
既に年が明け、1987年(昭和62年)2月になった。ちょうど賃貸物件で空室になっていた609号室を建築会社が借り入れ、コンクリート駆体を残しすべてを撤去して実態調査および改修工事方法についてのシュミレーションが行われた。
これをもとに建築瑕疵の技術研究所のスタッフが改修工事方法についての案を考案し、構造設計事務所の増田先生の指導に従った。のプロジェクトに増田先生が加わったことはすべてにおいてプラスに転じた。彼は技術的信頼が厚く、人柄から建築会社からも信頼があり、全く技術論的に検討が進められたからである。それでもスラブの改修および擁壁の改修方法が決定したのは、擁壁工事が開始された後の4月に入ってからであり相当の時間を費やした。

『ローテーション計画』
この間、交渉会議側は暗礁に乗り上げつつあった。それは、84世帯の引越しについて全く目途が立たなくなっていたからである。居住者の要求する同等の居住物件は近所には少なく、通勤、通学の関係、電話番号の変更等、引越しに伴う問題は幅広く、しかも84世帯という膨大な世帯の移動である。なかには、すべて作り付け家具にしており、引越ししたら即、家具のレンタルが必要な世帯も多かった。相手方の不動産会社は全く困惑してしまった。私は、ここでローテーション計画なるものを考案した。Dマンションを改修する場合、A、B、Cの3ブロックに分けて工事するため、一ブロック分の最大数の居住物件が空になればマンション内部で移動(ローテーション)することによって工事ブロックが空けわたせる。したがって、Dマンション全体から外部長期移転者を募り、その方たちのDマンション内物件に対し、家賃を支払うこととし、なおかつ外部賃貸物件の賃借料を支払えば、結果として84世帯を引越しさせたと同等の経費を相手方が負担することだけで、外部長期移転者も潤うことになる。

外部家賃の負担額はDマンションの賃借料と同額を支払うこととし、それより高ければ、外部長期移転者が負担し、安ければ外部長期移転者のプラスになる。したがって、応募者はそこそこ集まる。これは、心理作戦であった。中にはボランティアで本当に協力しようという人達と、得だからという人々が混在していた。
この方法によって、物件の確保は外部長期滞在者が探すことになり、外部物件に対する問題が長期滞在者の責任に帰することができた。この方法によってすべてが解決するかに見えたが、実はこの方法は居住者の間に損得感情を派生させてしまった。この頃、工事期間は1ブロック3ヵ月、合計9ヵ月と想定されていた。

各ブロックの工事期間の3ヵ月は外部居住者もDマンションの3ヵ月分に対する家賃は免除とし、4ヵ月からDマンションの物件に対する家賃を支払うこととしていたため、月15万円×6ヵ月=90万円が副収入となる。内部移転者の中にはこれが不公平だと言う人々が出てきたのである。彼等は内部移転の人達も工事騒音の中で苦労しているのだから、外部移転の人達だけが副収入を得られるのはおかしいと主張していた。私は、この15万円は補償金ではなく物件の家賃であり、その代わりに外部に長期滞在するのであって、賃貸借契約である。もしこの理屈が通らないならば、ローテーション計画は根底から崩れてしまい、工事着工の目途が立たなくなるとしてツッパネルしかなかった。相手側は、補償金については過敏なほど拒否反応を示していた。としては補償金を諦めたわけではないが、ひとまず引越し着工させて既成事実を積み上げることが最も重要であった。